勤務する拠点を変更したいと伝えたのは、5月上旬だった。
ゴールデンウィークが終わった頃に希望を出し、7月から新しい拠点で働けるという話になっていた。
そのため、必要な手続きはすでに進んでいるものだと思っていた。
ところが、6月末になって新しい拠点へ確認の電話をしたところ、驚くことが分かった。
新しい拠点では、私の異動について、その日までほとんど何も聞かされていなかったらしい。
つまり、希望を出してから約2か月近く経っているにもかかわらず、実際の引き継ぎや連絡は進んでいなかった可能性が高い。
もしその日、私が以前の拠点へ連絡をしていなければ、支店移動はさらに遅れていたかもしれない。
しかも、その影響で、7月初旬に入っていた勤務日に働けなくなる可能性まで出てきた。
働けなければ、その日の収入はなくなる。
会社側の連絡不足によって、実際に働く側の収入が減る状況になった。
その事実を知り、以前の拠点に対する不信感が一気に強くなった。
5月上旬に希望を伝えたのに、6月末まで進んでいなかった
私は、勤務する拠点を変更したいという希望を、5月上旬に伝えていた。
そこから6月末まで、約2か月近く時間があった。
通常であれば、その間に必要な確認や連絡が行われ、移動先にも情報が共有されているものだと思う。
ところが、実際にはそうではなかった。
一度希望を伝えれば進むと思っていたが、何度もこちらから確認しなければならなかった。
現在どうなっているのか。誰が対応しているのか。本当に異動できるのか。いつから新しい拠点で働けるのか。
こちらから聞かなければ、状況はまったく分からないままだった。
それでも最終的に「7月から異動する」という話になったため、私は必要な手続きが進んでいるものだと思っていた。
しかし、新しい拠点にはその情報が届いていなかった。
話としては決まっているように見えても、実際の手続きや引き継ぎは行われていなかったことになる。
これを単に「少し対応が遅かった」と片づけることは難しい。
約2か月前に希望を出しているにもかかわらず、働く本人が何度も追いかけなければ進まず、そのうえ移動先にも連絡されていなかった。
かなり雑に扱われていたのだと感じた。
連絡ミスの影響を受けるのは、現場で働く人
会社の中では、連絡が漏れたり、手続きが遅れたりすることはあるのかもしれない。
人が働いている以上、すべてを完璧に進めることは難しい。
ただし、そのミスによる影響を誰が受けるのかは重要だ。
今回、手続きを進めなかった側の給料が減るわけではない。
本来なら働けたはずの日に働けなくなり、収入を失う可能性があるのは私の方だ。
会社側にとっては、連絡が一つ遅れただけなのかもしれない。
しかし、働く側にとっては、1日分の収入が消えるかもしれない問題である。
生活費を確保するために複数の仕事をしている人にとって、1日の収入は決して小さなものではない。
しかも今回は、急に異動を申し出たわけではない。
5月上旬に希望を伝え、準備期間は約2か月あった。
それでも手続きが進まず、最終的な不利益を働く側が受けるのであれば、働く人の生活や予定が軽く扱われていると感じても不思議ではないと思う。
働く人を軽く扱う職場には、小さなサインがある
働く人を大切にしない職場というと、怒鳴る、暴言を吐く、無理な勤務を強制するといった、分かりやすい問題を想像しやすい。
しかし実際には、もっと小さく、見えにくい形で表れることも多い。
希望を伝えても返事がない。
確認をしても曖昧な回答しか返ってこない。
本人に関係する話なのに、状況を知らせない。
必要な手続きを、本人が何度も催促しないと進めない。
一つひとつは、大きな事件には見えない。
忙しかったのだろう。忘れていただけかもしれない。手続きに時間がかかったのだろう。
そう考えれば、どれも説明できる。
けれど、約2か月近く何も進まず、その結果として勤務機会まで失われる可能性が出たとなると、単なる偶然や一時的な遅れとは考えにくくなる。
こうしたことが繰り返されると、働く側にははっきりとした感覚が残る。
この職場では、自分の時間や生活はそれほど重要ではないのかもしれない。
今回の件では、その感覚が単なる思い込みではなく、実際の不利益として現れた。
異動の希望を出しても進められず、新しい拠点にも共有されず、結果として勤務できない可能性が出ている。
働く人を軽く扱う姿勢は、表面的な言葉よりも、こうした実務の扱いに表れるのだと思う。
人が辞める理由は、大きな出来事だけではない
人が仕事を辞めるとき、何か決定的な事件があったと思われることがある。
しかし実際には、一つの大きな問題ではなく、小さな不信感が積み重なった結果であることも多い。
連絡しても返事がない。
希望を伝えても放置される。
必要な説明がない。
ミスが起きても、影響を受ける側への配慮がない。
そのたびに少しずつ、「この職場では大切に扱われていない」という感覚が強くなる。
最初は我慢できても、それが続けば、仕事そのものよりも職場への不信感に疲れてしまう。
働く人が辞める理由は、必ずしも給料や仕事のきつさだけではない。
普通に連絡が通じること。
希望を伝えたら返事があること。
本人に関わる手続きが、本人の知らないところで止まらないこと。
そうした当たり前のことが守られない職場では、人は少しずつ離れていく。
支店移動を決めてよかったと改めて感じた
新しい拠点が良い職場かどうかは、まだ分からない。
人間関係も、仕事の進め方も、実際に働いてみなければ判断できない。
それでも、今回の件を通して、移動を希望した判断は間違っていなかったと強く感じた。
以前の拠点では、働く人が軽く扱われているような違和感があった。
表面上は大きな問題がなくても、電話をかけるだけで心理的な負担を感じたり、希望を伝えても長期間放置されたりする。
頭では気にしすぎかもしれないと思っていた。
けれど、今回の連絡漏れによって、その違和感には理由があったのだと確認できた。
5月上旬に異動希望を伝え、約2か月待った。
それでも新しい拠点には話が届いておらず、自分から確認しなければさらに遅れていた可能性がある。
その結果、実際の収入にまで影響が出ようとしている。
ここまで事実が重なれば、以前から感じていた不信感を、自分の繊細さだけの問題として処理する必要はないと思う。
自分の収入や勤務予定に関わる手続きを、何度も催促しなければ進めてもらえない。
それでもなお、古い拠点に残り続けていたら、似たようなことが今後も起きていたかもしれない。
環境を変えるために動いたことは、自分を守るための行動だったと思う。
職場への違和感は、実際の出来事と結びつけて考える
職場で不信感を覚えたとき、「自分が神経質なのではないか」と考えてしまうことがある。
特に、分かりやすい暴言や嫌がらせがない場合、自分の感じ方の問題だと思いやすい。
しかし、違和感を事実と結びつけて整理すると、見え方が変わる。
今回は、
- 5月上旬に異動希望を伝えた
- 約2か月近く経過した
- 何度も連絡しなければ進まなかった
- 7月から異動すると言われた
- 新しい拠点には共有されていなかった
- 勤務できず収入が減る可能性が出た
という具体的な事実がある。
ここまで並べれば、不信感を持つのは自然なことだと思う。
感情だけではなく、実際の出来事を記録しておくことは大切だ。
そうすることで、自分が何に傷ついたのか、なぜ環境を変えたいと思ったのかを見失わずに済む。
働く人を大切にするとは、特別扱いすることではない
働く人を大切にするというと、優しい言葉をかけることや、福利厚生を充実させることを思い浮かべるかもしれない。
けれど、その前に必要なのは、もっと基本的なことだと思う。
希望を受け取ったら返事をする。
手続きに時間がかかるなら状況を伝える。
本人に関わる決定は、関係者へ正しく共有する。
ミスで不利益が出るなら、その影響を軽く扱わない。
それだけでも、働く人が感じる安心感は大きく変わる。
今回、私は異動のために何度も連絡をし、ようやく状況が動いた。
その過程で、実際に働く人がどのように扱われているのかを、はっきり見ることになった。
新しい場所で何が待っているかは分からない。
それでも、自分が軽く扱われていると感じる場所に残り続けないという判断は、間違っていなかった。
職場を変えることは、必ずしも逃げではない。
自分の時間や生活、そして働く人としての尊厳を、これ以上軽く扱わせないための選択でもあるのだと思う。