長く運営してきたカレー情報サイトのリニューアルを進めている。
リニューアルという言葉から、多くの人が最初に思い浮かべるのは、デザインを新しくすることだと思う。トップページを整え、写真を入れ替え、スマートフォンでも見やすくする。もちろん、それらも大切だ。
けれど、約150件の店舗データをあらためて確認してみると、本当に難しいのは見た目ではなかった。店名、営業状態、移転、間借り、公式サイト、SNS、URL。長い年月のなかで少しずつ積み重なった情報を、いまの状態に合わせて整理し直すことだった。
店名のなかに、別の情報が入り込んでいた
店舗一覧を確認すると、店名の後ろに「閉店」「移転」「間借り」といった注記が付いているものがあった。人が読むだけなら、それでも意味は伝わる。ところが、データベースとして扱うと話が変わる。
店名は、その店がどの店なのかを示す基本情報だ。一方、閉店や移転は時間とともに変わる状態であり、間借りは営業形態である。本来は別々に管理すべき情報が、ひとつの欄に混ざっていた。
そこで今回は、店名を店名として残し、営業状態や営業形態を別の項目へ分けることにした。画面上では必要に応じて「閉店」などを表示するが、元の店名やURLまで状態に合わせて変えない。
これは細かな技術上のこだわりに見えるかもしれない。しかし、情報の役割を分けておけば、営業を再開したときも、別の場所へ移ったときも、同じ店の履歴として扱える。検索から来た人を迷わせにくくなり、過去に蓄積した情報も失わずに済む。
「古いから削除する」では、履歴まで消えてしまう
監査を進めると、閉店している店や、現在の掲載基準から外れるデータも見つかった。
ここで迷ったのが、不要に見えるデータを削除するかどうかだった。公開ページだけをきれいにするなら、消してしまうのが早い。けれど、一度削除すれば、なぜ掲載したのか、なぜ対象外と判断したのかという経緯まで見えにくくなる。
今回は、対象外と判断したものもすぐには削除せず、非公開の状態で残した。表からは見えなくても、判断の根拠と履歴は保存される。閉店した店も同じで、「存在しない情報」ではなく、「以前は存在していたが、現在は閉店している情報」として扱う。
サイトを長く運営するほど、現在の正しさだけでは足りなくなる。過去から現在まで、情報がどう変化したのかを追えることも、信頼性の一部になるのだと思う。
AIに任せたのは判断ではなく、判断できる状態づくり
今回の監査では、AIにもかなり手伝ってもらった。約150件を一件ずつ眺めるだけでは、表記の揺れやリンクの異常を見落としやすい。そこで、変更の必要がなさそうなもの、名称変更の可能性があるもの、新しい店舗かもしれないもの、人が確認すべきものに分類した。
ただし、AIが出した候補をそのまま書き込むことはしなかった。店名が似ていても、同じ店とは限らない。古いURLにも検索評価や外部リンクが残っている可能性がある。効率だけを優先して一括変更すると、整理したつもりで別の混乱を作りかねない。
AIが得意なのは、大量の情報から違和感のある場所を見つけ、比較しやすい形に並べることだと思う。最後の判断まで任せるのではなく、人が確認すべき範囲を絞る。その使い方なら、精度と速度を両立しやすい。
実際、公式サイトやSNSのリンクについても、管理画面にURLが入っているかだけでなく、公開ページで本当にクリックできるかまで確認した。結果として修正が不要だと分かった項目もある。何も直さなかったとしても、「問題がないことを確認できた」という事実は、次へ進むための土台になる。
URLの見直しでも、同じ姿勢が必要だった。意味の分かりにくい文字列を見ると、読みやすい英語へ変えたくなる。だが、古いURLには検索エンジンの評価や、誰かが過去に貼ってくれたリンクが残っているかもしれない。新しい表記の美しさだけで変更すると、長年積み上げた入口を失う可能性がある。変えるべきものと、あえて残すものを分けることも、リニューアルの重要な判断だった。
リニューアルは、作り直すことではなく意味を整え直すこと
今回の作業で、公開中のデータと確認が必要なデータの境界がはっきりした。紹介文や画像が揃っているか、営業状態が整理されているか、リンクが機能しているかも確認できた。ようやく、店舗の分類や記事内容の改善へ進める基準点ができた。
見た目だけを先に整えていたら、もっと早く「完成に近づいた感覚」は得られたかもしれない。しかし、元の情報が曖昧なままでは、新しいデザインの上に古い混乱を載せ替えるだけになる。
長く続いたサイトには、きれいなデータだけでなく、迷った跡や、途中で変わった方針も残っている。それを全部捨てて作り直すのではなく、何が事実で、何が状態で、何が判断の履歴なのかを分けていく。
リニューアルとは、過去をなかったことにする作業ではない。積み重ねてきたものを壊さず、これから使える形へ意味を整え直す作業なのだと思う。