2026年8月26日の午前、OpenAIからメールが届いた。
「アクセスが無効になりました。」
毎日使っていたChatGPTが、突然使えなくなった。
最初は、何かの間違いだと思った。異議申し立てのボタンから英文を送った。11時55分には受付確認のメールが来た。ここまでは、まだ戻るかもしれない、と薄く期待していた。
ところが、その日の夕方、却下の通知が来た。
「この件に関するこれ以上の異議申し立ては考慮されません。」
理由の詳細は書かれていなかった。普通に使っていただけなのに、という思いが強かった。正直、かなり憤った。
最初に困ったのは、開発ではなかった
ChatGPTを使っていた理由は、大きく二つあった。
一つは、ブログの執筆とリライト。ChatGPTが返してくれる文章は、思っていた以上に自然で、長い間かなり頼っていた。
もう一つは、デイリーノート。毎日の行動ログや、その日感じたことをChatGPTに話し、返答をもらいながら考えを整理していた。会話の全文をObsidianにコピペして残す、という運用をずっと続けてきた。
このブログを始めたときも、同じような感覚があった。
ChatGPTは、自分の思考を整理するための「外部CPU」のような存在だった。一人で考えていると、感情と疲労と不安が混ざってしまう。でも言葉にして外へ出すと、「自分は今こう感じていたのか」と少し見えてくる。
だから、使えなくなった瞬間、頭の中で真っ先に動いたのは「開発が止まる」ではなく、「執筆とデイリーがどうなるのか」だった。
深夜帯の大量会話が引き金だったのかもしれない
停止の原因は、OpenAIからは開示されなかった。
自分の中では、いくつか候補がある。ここ数週間、かなり開発を進めていて、毎日何時間もChatGPTとCursorを使っていた。睡眠時間を削って作業していた日もあった。
Grok Botという別サービスのBotを動かしていた深夜帯に、ChatGPT側でも大量の会話をしていた、というのも事実だ。Botという文言が反応したのでは、と一瞬思ったが、Grok BotはOpenAIとは別系統だ。直接の原因かどうかは、結局分からない。
異議申し立ての英文では、Cursor IDEでの個人開発やAPI利用が誤検知された可能性を書いた。今振り返ると、「shadow testing」「automated request patterns」という表現は、自動化を認めたように読まれる余地もあったかもしれない。すでに送ったものは取り下げられない。再申請もできない。
この時点では、まだ「次に何を使うか」より「なぜ止められたのか」が頭から離れなかった。
Cursorに返信文を書いてもらったら、意外だった
停止の直後、セイロンホリディの問い合わせ返信をCursorに依頼してみた。
以前より自然な文章が返ってきて、少し驚いた。ブログのリライトまでCursorだけで賄えるかは、まだ分からない。ただ、返信文の作成には十分使える、という感触はあった。
Cursorは、Vault上の正本や過去のメール文脈を読める。ChatGPTは毎回トーンを覚え直す側だったが、Cursorは既存の資料を参照できる。返信文で効いたのは、たぶんそこだ。
以前から、ChatGPTとCursorを組み合わせて使っていた。
Cursorには大量データの抽出や照合を任せ、ChatGPTにはCursorへ渡す条件や禁止事項を詰める、という分担だった。ChatGPTが消えても、Cursor単体で返信や開発は回る。ただ、長文の執筆や、デイリー相談の「自然な返答」までCursorだけで代替できるかは、まだ試していない。
GeminiもGrokも、デイリー代替にはならなかった
停止直後、他のAIも試した。Grok、Gemini、DeepSeek。
どれも、なんとなくイマイチだった。
Geminiはスマホとの相性は良かった。ただ、長文の会話になると品質が落ちる。ChatGPTの代替にはならない、と以前から感じていたが、今回改めて確認した。
デイリーノートは、スマホで書くことも多い。スマホとPCで会話が同期できるAIが必要だった。Cursorのスマホアプリも試したが、このPCでのやり取りは共有されていない。通常のチャット履歴はPCローカルに残るだけで、アカウント同期されない。
Cursor Cloudの話を調べたときも、クラウドとローカルの役割分担を考えていた。今回の停止で、改めて「一つのAIに全部を載せる」危うさを感じた。
Obsidianだけでは、デイリーの相談相手にはなれない
Vaultには、ChatGPT時代の会話ログが大量に残っている。
Obsidianもスマホアプリはある。Dropbox上のVaultなら、PCとスマホでファイル同期もできる。ただ、Obsidianはメモ帳であって、AIではない。外出先で「相談して返答をもらう」体験は、Obsidian単体では再現できない。
デイリーノートの用途は、呟きや相談が主だ。文学的な返答品質までは求めていない。適切に返してくれれば十分、という感覚はある。それでも、Obsidianに全文をコピペするだけでは、ChatGPT時代の「話し相手」にはなれない。
今考えている分担(まだ試行中)
却下のあと、CursorとClaudeに相談しながら、当面の分担案を整理し始めた。
外出先のAI会話・デイリー相談はClaude。PCでの開発・返信・ファイル操作はCursor。ブログ下書きはCursorがVaultと過去記事を参照。文体の最終磨きはClaude。Cursor向けの高度なプロンプト作成もClaude。正本と履歴はVault。
ClaudeとCursorは、直接スレッド同期しない。VaultかGitHubを中継する必要がある。外出先のClaude会話の末尾で「デイリー用の要約」を出してもらい、Obsidianのデイリーノートに保存する。Dropbox経由でPCに来たら、Cursorが読む。
この分担が本当に回るかは、まだ分からない。Claudeを本格的に試したばかりでもない。ブログ執筆でChatGPT並みの自然さが出るかも、これからの検証事項だ。
止めどきを失っていた、という話とも重なる
振り返ると、停止前の数日は、かなり開発に没頭していた。
生成AIと一緒に作業していると、止めどきが分からなくなる。次の修正をすぐ依頼できてしまう。睡眠時間を削ってでも進めたくなる。
停止そのものを「神様が少し休めと言っている」と感じた、というのは、少し大げさかもしれない。ただ、身体の疲労は確かに溜まっていた。異議却下で憤ったあとも、一度立ち止まって、AIの使い方そのものを見直すきっかけにはなった。
まだ答えは出ていない
ChatGPTは、もう戻らない。
困るのは、ブログの執筆とデイリーノート。返信文はCursorでなんとかなりそうだ。開発プロンプトの中継はClaudeで代用できそうだ。それ以外は、試しながら決めるしかない。
別アカウントで回避するつもりはない。停止を回避しようとする行為自体が、次の問題を生む気がする。
この記事を書いている時点では、Post-ChatGPT運用は「方針」であって「完成した仕組み」ではない。Claudeを試す。Vaultへの保存ルールを決める。Cursorに過去記事を読ませてブログを1本書いてみる。そこから調整する。
ChatGPTが使えなくなった日は、確かに怒りがあった。それでも、全部が止まったわけではない。使い方を組み替える段階に入った、というのが今の正直なところだ。




