やる気はあるのに仕事が進まない。睡眠不足の日に気づいた「疲労感」と「判断力」は別物だった

人生と仕事

「仕事をしたいのに、なぜか進まない」

そんな日がある。

以前なら、こういう状態になると「今日はやる気がないのかな」と考えていたかもしれない。

でも先日、少し違う経験をした。

その日は睡眠時間がかなり短いまま、朝から肉体労働の仕事へ出た。

意外なことに、朝はそれほど疲れていなかった。

仕事も普段より負荷が軽く、予定より早く終わった。

帰宅したときには、

「これなら少し作業できそうだ」

と思っていた。

ところが、しばらくすると急に疲労感が出てきた。

やりたい仕事はたくさんある。

パソコンも触りたい。

なのに、身体が動かない。

そこで初めて、「やりたい」と「できる」は別なのだと実感した。

疲労は、仕事が終わってから出てくることがある

仕事中は、それなりに普通に動けていた。

だから自分では「今日は意外と大丈夫だった」と思っていた。

ところが帰宅して緊張がほどけた頃から、一気に疲れを感じ始めた。

振り返ってみると、朝から身体が元気だったというより、仕事をするためのモードが維持されていただけなのかもしれない。

その日は、横になってしばらく休んだあと、2時間半ほど眠った。

起きたあとは少し回復していた。

少なくとも、デスクまで戻ることはできた。

ここで私は、

「よし、仕事ができる」

と思った。

ところが、実際に作業を始めてみると違った。

文章を読んでも頭に入りにくい。

複数の案を比較しても、どちらが良いのか決めきれない。

少し集中すると、すぐに思考が途切れる。

身体はデスクまで戻れた。でも、頭はまだ戻っていなかった。

この違いはかなり大きかった。

「疲労感」と「仕事ができる状態」は同じではない

それまで私は、体調をかなり大雑把に、

「疲れている」

「疲れていない」

で判断していたように思う。

でも実際には、もっと細かく分かれている。

身体を動かせるか。

デスクに座れるか。

集中を維持できるか。

文章を正確に読めるか。

複数の選択肢を比較できるか。

重要な判断をしても大丈夫か。

これらは、全部同じではない。

特にWeb制作やAIを使った仕事では、単純にキーボードを打てればいいわけではない。

「この設計で本当にいいのか」

「この仕様を採用して問題ないか」

「AIが出した答えのどこが怪しいか」

そんな判断が頻繁に必要になる。

だから、デスクに座れることを、仕事ができることと勘違いすると危ない。

身体は回復していても、判断力が鈍っているなら、後からやり直しになる可能性がある。

やる気がないわけではなかった

その日の自分には、仕事をしたい気持ちははっきり残っていた。

朝、出勤する前に途中まで進めた作業もあった。

帰ってきたら続きをやりたいと思っていた。

仮眠のあともデスクへ戻った。

それでも進まなかった。

ここまで揃っているなら、

「怠けている」

「モチベーションがない」

と考えるのは少し違う。

意欲はある。でも、処理能力が追いついていない。

そう考えた方が、実際の感覚に近かった。

これは自分にとって結構大きな発見だった。

仕事が進まないと、つい精神論で理由を探してしまう。

集中力がない。

根性がない。

最近だらけている。

でも、単純に今使える認知資源が少ないだけなら、問題の種類そのものが違う。

「仕事か休むか」の二択にしなくていい

もう一つ気づいたことがある。

こういう日は、以前なら動画配信サービスでアニメを見ることが多かった。

仕事ができないなら、何も考えなくていい娯楽を見る。

それで切り替えていた。

ところが最近は、アニメにもあまり気が向かなかった。

眠気もない。

仕事はしたい。

でも、高い集中力は使えない。

少し中途半端な状態だった。

そこで、「仕事をするか、何もしないか」という二択自体が雑なのだと思った。

作業には負荷の違いがある。

新しい仕様を決めるような仕事もあれば、すでに決まった内容を確認するだけの仕事もある。

娯楽にも違いがある。

映像を見るだけのものもあれば、軽く操作しながら自分のペースで遊べるゲームもある。

だったら、その日の状態に合わせて、

高い判断力を使う仕事
→ 判断の少ない作業
→ 軽く参加できる遊び
→ 完全に受け身の娯楽

というように、段階で考えてもいい。

「今日は仕事ができない」と決めるより、

今日はどの深さまでなら質を落とさず動けるか

を見た方が、ずっと現実的だ。

進まない日に、自分を評価しすぎない

その日は結局、思ったほど仕事は進まなかった。

でも、まったく意味のない一日だったとは思っていない。

睡眠が短い日でも、仕事中は意外と動けること。

疲労は時間差で出ること。

仮眠によって身体は戻っても、判断力まではすぐ戻らない場合があること。

そして、やる気と作業能力は別物であること。

かなり具体的なことが分かった。

仕事が進まない日は、つい自分自身の問題として考えてしまう。

でも本当に見るべきなのは、

「やる気があるか」ではなく、「今どの能力まで使える状態なのか」

なのかもしれない。

それが分かれば、進まないことを無理に根性で押し切らずに済む。

同時に、何もできない日だと決めつける必要もなくなる。

仕事を続けていくうえで大切なのは、いつでも最大出力を出すことではない。

その日の自分が使える性能を見誤らず、品質を壊さない範囲で動くこと。

長く働いていくには、そんな判断も一つの技術なのだと思う。

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