夜、帰宅してから、近視のことを考えていた。
最近、近視が進んだ。目の検査をして度数を確かめる話と、気持ちの話は、最初から分けておきたかった。将来が不安だから視力が落ちた、というつながりは、私には分からない。進んだ近視を、心の状態の証拠にもしたくなかった。
それでも、遠くがぼやけるという見え方が、頭から離れなかった。近くは、まだ見える。その差を、生活の感じに重ねてみたくなった。
意味の一覧から、自分に当てはまりそうなものを探すのはやめた。先に、今の不安を言葉にしてみることにした。一回で言い切れる気がしなかったので、少しずつ聞き直しながら進めた。
最初に出てきたのは、将来が見えないことだった

出てきた最初の答えは、単純だった。
将来が見えない。それが不安だ。
そして、今の生活を安定させたい。
そこまでは、すぐに言えた。不安と、守りたい気持ちが、同時にあった。
少し聞き直すと、不安の場所がもう少しはっきりした。今、生活が立っていないわけではなかった。今は生活できている。怖いのは、その安定がいつまで続くのか分からないことだった。
崩れている最中の苦しさとは、少し種類が違う。保てているからこそ、「このまま、いつまでだろう」が浮かぶ。
その不安は、ここ最近で始まったものでもなかった。前から、ずっとある。新しい出来事が原因で急に生まれた、という感じではなかった。
この時点では、私は「将来がぼんやりしていて、不安なんだ」くらいに思っていた。
言葉を足すと、怖さはもう一段具体的だった

もう少し続けると、言葉が変わった。
過去に、生活や仕事で苦労したことがある。また同じことが起きるのが怖い。
特に怖いのは、生活が不安定になったとき、自分に立て直せる力があるかどうかだ。
一度落ちたあと、もう一度自分で戻せるのか。将来が見えない、という感じの中身は、これだった。
「将来が不安」だけでは、広すぎた。何が起きるか分からない、という漠然とした怖さだと思っていた。聞き直して、やっとそこまで言えた。繰り返したくないのは、苦労そのものだ。そして、繰り返したときに、自分に戻す力があるのかどうかだ。
遠くがぼやけることを、この先の見通しが立たない感覚に重ねてみることはできる。近くが見えることを、今の生活を守ろうとしている状態に重ねてみることもできる。
ただ、これはまだ読み方の一つだ。自分の結論にはしていない。目が、私に何かを告げているとも決めていない。近い気はする。採用するかどうかは、今日は保留のままだ。
視力が変わっていると分かった日のことは、以前書いた。あのときは、数字を見て、この先どう対応するかを考え始めていた。今日残っているのは、そのあとにも続いている気持ちのほうだ。
「回っている」の隣に、不安が残っていた

今の生活が保てていること自体は、軽いことではないと思っている。
以前、余裕があるわけではなくても、「今月も回っている」ことに意味がある、と書いた。その感覚は、今も残っている。
今日は、その隣で止まっていた。
回っている。それなのに、安心にはなりきらない。この状態がいつまで持つのか、まだ見えない。安定していることと、安定が続くと信じられることは、今日の自分の中では別だった。
立て直すことについても、以前書いたことがある。明け方に「まだ終わらない」と思えて、気力も体力も残っている、ここから立て直す、と書いた日だ。
あの言葉は、今日も残しておきたい。
ただ、また苦労するかもしれないと思ったとき、最初に出てきたのは「前も戻れた」ではなかった。「戻せるかどうかが、分からない」だった。前にそう書けた日があることと、今日そう思えることは、同じではなかった。
過去に苦労した経験があることと、これから同じことが必ず起きることは、別の話のはずだ。その区別は、頭ではつく。
今日の時点では、区別がついたあとも、怖さは残っていた。
まだ手をつけていない問いがある

戻れたとき、何が支えになっていたのか。
そこは、まだ答えていない。
人だったのか。少し先の見通しだったのか。休んだことだったのか。ただ時間が過ぎただけだったのか。今日は、そこまで降りていかなかった。
生活費の見通しを書いてみる。困ったときに話せる場所を確認する。仕事の選択肢を見てみる。そういう備えも、やった方がいい気はする。今日、「やると決めた」ところまでは行っていない。
目の変化は、目のほうで見たい。視力や屈折がどう変わったかは、気持ちの比喩では説明しない。検査で数字が分かったとしても、この不安がその場で消えるとは、今は思っていない。
今分かっているのは、ここまでだ。
将来が見えなくて不安なこと。今の生活を守りたいこと。その安定がいつまで続くのか分からないこと。また苦労したとき、自分で立て直せるのか心もとないこと。
近視の象徴を、自分を責めるための言葉にはしない。それだけは、考え始めたときから守っておきたい。
「これからの自分を信じていい」という文は、まだ自分の口からは出ていない。
近い気はする。決めたわけではない。
次に触れるなら、意味を足すことより、前に戻れたときに何が残っていたのかを、一度だけ思い出してみることだと思う。今日の自分には、それがまだできていない。


