「やること」が決まっていない朝、人はなぜ二度寝してしまうのか──疲労と目的意識の関係

人生と仕事

「起きられない」ではなく、「起きる理由が弱い」朝

今日は筋肉痛で目が覚めた。

前日は回転寿司チェーンのアルバイトで帰宅が遅くなった。

帰宅後、踵の痛みが気になって集中できず、少しだけパソコン作業をして横になった。

そのまま寝落ち。

朝7時半頃、一度目が覚めた。

でも、そこからもう一度寝てしまった。

次に起きたのは9時半だった。

最近、少しずつ分かってきたことがある。

自分は、翌日に「やること」が明確に決まっていないと、起きる力がかなり弱くなる。

逆に、

  • 朝から予定がある日
  • 「今日はこれを進める」と決まっている日
  • 作業の続きをやりたくて頭が繋がっている日

そういう日は、睡眠時間が多少短くても意外と起きられる。

だから最近は、

「睡眠不足だから起きられない」

だけではなく、

“起きた先に何があるか”

も、かなり重要なんだと感じている。

人は「疲れ」だけで眠るわけではない

昔は、睡眠って単純に身体の疲労回復だと思っていた。

でも最近、自分の中では少し感覚が変わってきた。

人って、

“未来の解像度”

でも眠気が変わる気がしている。

例えば、

  • 明日やることが決まっている
  • 起きた後の流れが見えている
  • 「ここを進めたい」がある

そういう日は、身体が多少重くても起きやすい。

逆に、

  • 特に強い予定がない
  • 疲労感が残っている
  • 「今日はどうしようかな」が多い

こういう日は、身体が「もう少し回復側へ倒そう」とする。

最近の自分は、この差がかなり大きい。

特にここ数カ月は、

  • アルバイト
  • ブログ運営
  • AI活用
  • 記事執筆
  • Webサイト制作
  • 生活維持

を同時に回しているので、

“何のために今日を使うのか”

が曖昧だと、脳が起動しづらい感じがある。

「休みたい」のではなく、「起動条件」が必要

昔は、二度寝すると少し自己嫌悪があった。

怠けている気がした。

もっとシャキッと起きたほうがいいんじゃないか。

気合が足りないんじゃないか。

でも最近は、少し違う見方をするようになってきた。

自分の場合、

“目的が定まると急に動ける”

ことがかなり多い。

例えば、

「このサイトの調整をしたい」

とか、

「この記事を書きたい」

みたいに、具体的な対象が見えると、かなり起動しやすい。

逆に、

「今日は何をやろうかな」

状態だと、エンジンがかからない。

だから最近は、

“やる気がない”

というより、

“起動条件が不足している”

感覚のほうが近い。

これは結構大きな違いだと思っている。

疲労は、「量」より「種類」が残る

今日は筋肉痛もかなり残っていた。

踵も痛かった。

最近少し感じているのは、人って単純な肉体疲労だけで消耗するわけではないということだ。

特に接客や厨房系のアルバイトって、

  • 人の流れを見る
  • 空気を読む
  • スピードを維持する
  • ミスを減らす
  • 常に周囲を気にする

みたいな、“神経側の処理”がかなり多い。

しかも、それが長時間続く。

だから最近は、

「疲れた」

というより、

“神経が薄く削れている”

感じのほうが近い日が増えた。

そしてその状態だと、身体だけではなく、

  • 判断力
  • 集中力
  • 起動力

まで下がっていく。

今日の「踵が痛くて集中できない」も、多分そういう流れの一部なんだと思う。

小さい不快って、地味に神経を削る。

最近、「無理して動く」を減らし始めている

以前の自分なら、多分こういう朝でも無理に外へ出ていたと思う。

「せっかくの休みだし」

「行けば何とかなるかもしれない」

そうやって動いていた気がする。

でも最近は、

“その後どうなるか”

まで見るようになった。

今日は疲労も残っている。

しかも明日は引っ越しのアルバイト。

つまり今日無理をすると、明日以降に結構響く可能性が高い。

最近、自分の中で少しずつ変わってきたのは、

「どこまで頑張れるか」

より、

“どれだけ壊れずに続けられるか”

を見るようになったことだ。

これは年齢の問題だけではない気がしている。

むしろ、

  • 生活
  • 労働
  • 将来
  • 健康
  • やりたいこと

全部を長期運用しようとすると、

“瞬間最大出力”

だけでは回らない。

最近はその感覚がかなり強くなっている。

「今日をどう使うか」が、そのまま未来へ積み上がる

とはいえ、今日は何もしないわけではない。

今日は、

  • Webサイトの調整
  • コラム執筆

をやろうと思っている。

最近、自分の中でかなり大きいのは、

“積み上がる作業”

への感覚だ。

例えばアルバイトは、その日の収入にはなる。

でも、働かなければ止まる。

一方で、

  • サイト
  • 記事
  • SEO
  • AI活用
  • 知識整理

は、少しずつ未来へ残っていく。

もちろん、すぐに結果が出るわけではない。

でも最近は、

「今日やったことが、半年後の自分を助ける」

感覚が少しずつ見え始めている。

だから今、自分の中では、

“疲れているから全部やめる”

でもなく、

“無理して全部やる”

でもなく、

「どこへエネルギーを使うと未来が軽くなるか」

を考えることが増えた。

「起きる理由」が、人を前へ動かしている

最近感じるのは、人って単純に根性だけで動いているわけではないということだ。

むしろ、

  • 何をしたいか
  • どこへ向かいたいか
  • 今日を何に使いたいか

そういうものが見えている時ほど、人は自然に動ける。

逆に、それが曖昧になると、身体は回復側へ倒れる。

今日の二度寝も、多分そういう朝だった。

でも最近は、そういう自分を前ほど責めなくなってきた。

無理やり起こしても、長くは続かない。

それより、

“自然に起動できる方向へ生活を調整する”

ほうが、自分には合っている気がしている。

そして今、自分の中で少しずつ見えてきているのは、

「頑張り続ける人生」

より、

“自然に続けられる構造”

のほうが、ずっと大事なんじゃないかということだ。

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